『豊臣兄弟!』直(白石聖)が救った少女は何者?この悲劇は“刀狩り”の複線か?小一郎の後悔と転機 (6/8ページ)
戦国大名による治水対策
「豊臣兄弟!」のドラマでは、兄弟の故郷の為政者は、干ばつによる争いが百姓間で頻繁に起こっている実情に興味を持たなかったためか、統治の仕組みが機能していなかったようです。
『水論』といわれる灌漑用水の田への分配(分水)をめぐる紛争は、当事者の百姓同士で揉めごとを収めることが難しかったため、その地域の支配者層が解決するべく乗り出す必要があったそう。
たとえば、戦国時代、越前で村同士の間で「水論」が発生したときには、戦国大名・朝倉氏の奉行人が解決に乗り出し、それでももめる場合は一乗谷の朝倉氏の元へ訴え出るよう申し付けたそう。
また、武田信玄や上杉謙信などは、治水事業を積極的に行なった武将として知られていますが、信長は軍事や政治改革、土木技術に優れていたことで知られているものの、渇水対策や農民間の水争いを解決するための策に積極的に取り組んだ記録は残っていないようです。
ちなみに豊臣秀吉は、大阪城の築城で、周辺地域の新田開発と洪水防御のために、淀川に太閤堤や文禄堤等を築き淀川の流路を固定させたり、そのほかの治水事業に携わっていました。
直の死がのちの「刀狩り」に繋がる!?
「武将らが領地争いを繰り広げる中、豊臣兄弟の故郷では農民たちの水をめぐる諍いが深刻化。