【豊臣兄弟!】“架空”の直(白石聖)には実在モデルがいた!?史料『太閤素生記』が伝えるもう一人の女性 (3/7ページ)

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ところが、江戸初期に成立した豊臣秀吉の伝記『太閤素生記』の成立事情を探っていくと、生まれや境遇が直に似た女性の存在が浮かび上がってくるのです。

秀吉の伝記『太閤素生記』と語り手たち

『太閤素生記』の著者・土屋友貞は、徳川秀忠・家光に仕えた旗本であり、同書には他の史料には見られない、秀吉の前半生について多くの逸話を記しています。

同書は秀吉の死後、数十年を経て成立したものですが、秀吉の若き日を比較的詳しく伝える史料として、研究者の間でもしばしば言及されてきました。

『太閤素生記』関連系図。(Wikipedia)

友貞は『太閤素生記』を著すにあたり、親族からの伝聞という形をとっています。その情報源の一人が、父の土屋円都(えんいち)でした。

円都は幼少期に失明したとされますが、それでも甲斐の武田信虎、駿河で人質生活を送っていた徳川家康、さらに今川氏真、北条氏政といった戦国大名に近侍しました。

秀吉による小田原征伐で北条氏が滅ぶと、円都は再び家康に出仕します。家康は、武田・今川・北条という大名の側近くに仕えた円都を重用し、盲人の最高位とされる総検校に任じました。

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