【豊臣兄弟!】“架空”の直(白石聖)には実在モデルがいた!?史料『太閤素生記』が伝えるもう一人の女性 (4/7ページ)

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おそらく円都は、権力者の側にいることで膨大な情報を耳にしており、秀吉や秀長についても多くの話を知っていたと考えられるのです。

秀吉の少年時代を知る女性の存在

さらに注目したいのが、『太閤素生記』の背後には、円都だけではなく、秀吉の若き日を知る女性の存在があった可能性が指摘されていることです。

それが、友貞の養母で、円都の後妻とも考えられる女性でした。

彼女は尾張国中中村で、織田家の代官を務めていた稲熊助右衛門の娘だったと伝えられています。助右衛門は、織田信長から弓を預かる役目を担っていた人物であり、その娘である友貞の養母は、秀吉とほぼ同年代だったとされています。

中中村といえば、豊臣秀吉とその弟秀長が生まれ育った土地です。すなわち稲熊家は、秀吉兄弟の少年時代と、地理的にも社会的にも非常に近い位置にあった家だったのです。

後年、彼女は秀吉や秀長の中中村時代について、ことあるごとに語っていたともいわれています。

ここで、ある共通点に気づかされます。

『豊臣兄弟!』で、中中村の土豪として登場する坂井喜左衛門とその娘・直。そして、中中村の代官・稲熊助右衛門と、その娘である友貞の養母

両者の姿には、どこか重なり合うものが見えてくるのです。

「直の父」坂井喜左衛門の実像

一方、『豊臣兄弟!』において直の父として登場する坂井喜左衛門については、史料を確認すると、ドラマとは少し異なる姿が見えてきます。

喜左衛門は尾張の守山城主であり、信長の叔父でもある織田信次の家臣として活動していた人物でした。史料には、守山城の寄合衆を務めたとの記録も残っています。

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