朝ドラ【風、薫る】予習:日本のナイチンゲール!ヒロイン・一ノ瀬りん(見上愛)のモデル・大関和の生涯 (4/8ページ)
離婚後、牧師・植村正久の弟が経営する正美英学塾に通学。和が優れた資質を持つことに気が付いた植村は、教育訓練を受けて「正規の看護婦」となることを勧めます。
和は、武士階級の出身だったために最初はこの申し出に躊躇したそうです。というのも、当時はまだ「看護」という職業がなく、「汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業(せんぎょう)」といわれていたから。
家族でもない赤の他人が、患者の排泄物・傷・血液・膿・死体などに触れる仕事は宗教的や慣習的に「穢れ」と結びついて考えられることも多かったそうです。
けれども、和は、ナイチンゲールの話や看護の博愛精神を理解し、その道に進みました。
和が、開設されたばかりの「桜井女学校付属看護婦養成所」に1期生として入学したのは、28歳頃。ナイチンゲールの弟子であるマリア・トゥルーが設立した養成所でした。ここで和は、ナイチンゲール方式による教育のもと、「看病の要旨」「薬餌(やくじ)用法」「包帯術」「消毒法」など9項目を学びます。
同期には、鈴木雅もいました。和は、明治21年(1888)に養成所を卒業。この年はほかにも数校が卒業生を送り出しています。まさに、日本における看護婦の黎明期といえるでしょう。
和は卒業後、帝国大学医科大学附属第一病院(現在の東京大学医学部附属病院)に実習生として派遣されます。ここで医師とも渡り合えるほどの知識を習得し、患者に対しては慈しみと職業的な使命を持って丁寧に接することを心がけたそうです。