『豊臣兄弟!』お市と浅井長政の夫婦愛は今後どうなる?柴田勝家との再婚・悲劇の運命までを考察 (7/9ページ)

Japaaan

※赤線の部分に注目

『朝倉義景記』国立公文書館デジタルアーカイブ https://www.digital.archives.go.jp/file/1233813.html

福井県に伝わる「お市生存説」

長政が自害し、天正10(1582)年6月2日の本能寺の変で兄・信長も亡くなり、36歳頃だったお市は、20歳以上も年上の信長の家老筆頭・柴田勝家(山口馬木也)と再婚。

実は秀吉が仲介だった!?お市の方と柴田勝家が結婚した理由

その勝家も秀吉との賤ケ岳の戦いに敗れ、居城の北庄城に籠城。お市もともに自害の道を選びます。

激動の人生を歩んだお市ですが、実は「生存説」があります。

実は、北庄城が落城するときに、お市は城の裏手を流れていた足羽川から脱出し、現在の福井県坂井市三国町の勝久寺に逃げ潜伏。

その後、信長の支援者で織田家を財政面で支えていたという豪商・森田家に匿われたそうです。

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