【豊臣兄弟!】謎多き軍師・竹中半兵衛(菅田将暉)の素顔とは?史料『武功夜話』が伝えるリアルな人物像 (3/8ページ)
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一般に語られる「天才軍師」竹中半兵衛竹中半兵衛といえば、戦国時代を代表する天才軍師として知られています。彼は1544年(天文13年)、美濃国主・斎藤道三(演:麿赤兒)の家臣であり、大御堂城(岐阜県揖斐郡)の城主であった竹中重元(たけなかしげもと)の子として誕生しました。
重元はその後、美濃の土豪・岩手氏を攻略し、菩提山城(岐阜県不破郡)を築いて新たな居城とします。半兵衛は父の死後、その城を継いで菩提山城主となりました。
ちなみに「半兵衛」は通称で、本名は重治(しげはる)といい、「その容貌、婦人の如し」と評されるほど線の細い美男子でありながら、剣術にも優れていたと伝えられています。
さらに若くして諸葛孔明ゆかりの兵法書を読破するなど学問にも通じ、知略に優れていたとされています。美濃となった斎藤龍興(演:濱田龍臣)に仕えながら、後には秀吉に臣従し、その軍師として活躍した人物として語られることが多いのです。