【豊臣兄弟!】謎多き軍師・竹中半兵衛(菅田将暉)の素顔とは?史料『武功夜話』が伝えるリアルな人物像 (6/8ページ)
しかし一方で、秀吉周辺の人物、とりわけ羽柴一族の初期の活動を伝える史料が極めて少ないことから、『武功夜話』を完全に否定するのではなく、参考史料として注目する研究者も多くいます。
つまり同書は、荒唐無稽な部分も少なくないものの、信長や秀吉に関する一次史料の空白を補う参考史料として一定の価値を持つと見る研究者も現れているのです。
筆者もまた、秀吉や秀長に関する確かな史料が少ないことを考えると、『武功夜話』は彼らの活動を考えるうえで参考史料としてもっと活用されるべきではないかと考えています。
実際、秀吉が一次史料に初めて登場するのは、1565年(永禄8年)11月のことです。織田信長が松倉城主・坪内利定に知行を安堵した書状に「木下藤吉郎秀吉」として副署したのが、その初見となります。これは、秀吉が信長に仕官したと考えられる時期から約11年後、29歳の時の出来事でした。
また、秀長が史料に初めて登場するのはさらに遅く、1574年(天正2年)7月の『信長公記』で、信長の馬廻衆の一人として記されています。このとき秀長は、35歳になっていました。
このように、豊臣兄弟の10代から20代については、本当に確かな史料が不足しているのです。
『武功夜話』が描く竹中半兵衛という人間『武功夜話』の最大の魅力は、そこに登場する戦国武将たちを単なる英雄としてではなく、「生きた人間」として描いている点にあります。
たとえば『信長公記』や『太閤記』などは、信長や秀吉の生涯を大きな歴史の流れの中で描くため、どうしても彼らを英雄として際立たせる傾向があります。
半兵衛についても、『太閤記』(巻第十八)にはその列伝がありますが、かなり超人的な人物として描かれています。