コスプレ参加、女性同士のバトル…豊臣秀吉が催した戦国最大級の「ド派手なお花見」が規格外すぎる! (2/6ページ)

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そこで、秀吉が催した花見会は、武将・公家・茶人・連歌師など、総勢5000人ほどのゲストを招いた大規模なものでした。徳川家康はもちろん、宇喜多秀家伊達政宗など名だたる武将も集まりました。

このときは、1300年以上前の天武天皇の時代に役行者が創建した吉水院(吉水神社)に本陣を置き、5日間に渡り桜を愛でつつ歌・茶・能などを楽しむ花見の会が開かれました。

ところが、最初の3日間は雨が降り止みませんでした。江戸時代の史料『豊公看桜記』によると、秀吉が同行していた僧・道澄に相談すると「ここは肉食をしない土地。それを止めなかったためでしょう」と言われたそうです。

そこで、秀吉は「肉を禁じよう。それでも雨が止まなければ、寺社を焼いて山を降りる」と、側近の木下吉隆に宣言。(実はその時、笑いながら言っていたので本気ではなかったという説も)

吉隆は、「吉野の神の住まいをきれいにするのだ」と指示を出し、部下を集めて掃除をしたとか。また、『吉野町史』によると、僧侶たちが慌てて晴天祈願をして、翌日は見事に晴れ、桜は満開になったそうです。

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