【豊臣兄弟!】松永久秀との因縁、織田信長に最後まで抗った三好三人衆・石成友通の壮絶な最期 (5/6ページ)

Japaaan

再び阿波国へと引き揚げて機会をうかがい続けましたが、元亀3年(1572年)に織田へ寝返り、信長の臣下となりました。

友通は信長に忠義を尽くしたことから山城淀城(淀古城)を与えられ、信長から「表裏なき仁」と評されるなど、信頼関係を築いたようです。

しかし義昭が信長と対立、全国各地の諸大名に信長討伐を命じると、友通もこれに応じて叛旗をひるがえしました。

信長は天正元年(1573年)、三淵藤英(味方良介)・細川藤孝(亀田佳明)・羽柴秀吉(池松壮亮)らに命じて友通を攻めさせます。

友通は山城淀城に立て籠って抗戦しますが、秀吉の調略によって援軍の者たちが次々と裏切り、敵中に孤立してしまいました。

最期は細川家臣の下津権内(おりつ ごんない)と組討となり、堀に落ちて水中で首を掻き斬られました。

この合戦(第二次淀古城の戦い)で三好長逸は行方不明に、三好宗渭はすでに亡いため、三好三人衆は世から姿を消したのです。

終わりに

阿部亮平演じる石成友通。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

今回は三好三人衆の一人・石成友通について、その生涯をたどってきました。

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