【豊臣兄弟!】共闘から決裂へ…織田信長と戦い続けた足利義昭(尾上右近)、執念の生涯[前編] (4/7ページ)

Japaaan

浅井長政(Wikipedia)

信長は、羽柴秀吉(演:池松壮亮)と秀長(演:仲野太賀)に殿(しんがり)を命じ、京都へ帰還します。その撤退戦ののち、姉川の戦いで浅井・朝倉連合軍を破りますが、織田軍の損害も大きく、信長は岐阜へ退き義昭は京都に残りました。

やがて、このような動きを見ていた本願寺・延暦寺・浅井・朝倉・三好三人衆らが結束し、「信長包囲網」が形成されます。これに対し信長は、各勢力と個別に和睦を結ぶことで、巧みにこの危機を乗り切りました。

この過程において重要なのが、義昭の存在です。彼は将軍としての権威を用い、敵対勢力との仲介役を務め、和睦成立の土壌を整えました。つまりこの時期、義昭は「政治的権威」信長は「軍事力」を担い、互いの弱点を補完し合う関係にあったのです。

信玄の西上作戦でついに信長と決別する

しかし、その関係にも終わりが訪れます。1572年(元亀3年)10月、武田信玄(演:高嶋政伸)が甲府を発し、西上作戦を開始したのです。

当時、織田家と武田家は友好関係にあり、信長の嫡男・信忠と信玄の娘・松姫の婚約も成立していました。それにもかかわらず、なぜ信玄は信長と対決する道を選んだのでしょうか。

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