【豊臣兄弟!】共闘から決裂へ…織田信長と戦い続けた足利義昭(尾上右近)、執念の生涯[後編] (5/9ページ)

Japaaan

上杉謙信(Wikipedia)

これに呼応したのが、上杉謙信です。謙信もまた、織田の勢力が北陸から北に延びつつあることに警戒心を抱いていました。

こうして毛利・上杉・武田・本願寺らが結集し、再び信長包囲網が形成されます。義昭は京都を追われてから、わずか数年で反信長勢力の中心に立ったのです。

第二次包囲網の崩壊と追いつめられる義昭

毛利勢は1576年(天正4年)7月、織田軍に包囲された石山本願寺救援のために水軍を送り、木津川河口に陣を敷く織田水軍を撃破し、兵糧搬入に成功します。上杉勢も1577年(天正5)年9月に、手取川の戦いで柴田勝家(演:山口馬木也)率いる織田軍を破りました。

柴田勝家。

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