朝ドラ【風、薫る】予習:逆境を切り開いた才女!ヒロイン・大家直美(上坂樹里)のモデル・鈴木雅の生涯 (5/8ページ)
良光は、父親とともに旧徳川家に支えていました。明治4年(1871)に軍隊に入隊、数々の戦功により明治10年(1877)には少佐に昇進しています。
そして明治11年(1878)に、雅と結婚しました。二人は京都で新婚時代を過ごしたあと仙台に移りますが、5年という短い結婚生活後、仙台で良光は病死します。
雅は二人の子供を抱えて上京し、働くシングルマザーとしての人生をスタートすることになりました。
派出看護婦事業の発展や育成に貢献
雅は、共立女学校(現在の横浜共立学園)で学びます。この学校を創立者のひとりの女性宣教師・ルイーズ・ピアソンは英語、英文学、天文、数学、科学などを自ら担当。
化学の実験にはエドワード・ウォーレン・クラークを招くほど熱心な教育を行なっていました。そのため、この学校からは、米国で学位を取得して女医となった学生を何人も輩出したそうです。
雅はここで英語を取得。フローレンス・ナイチンゲールの著作『看護覚え書(Note on nursing)』を原書で読み内容を理解していたとか。勉強熱心な努力家だったと思われます。
そんな新しい教育の風に吹かれる学校にいたからでしょうか。明治20年(1887)雅は開設されたばかりの「桜井女学校付属看護婦養成所」に1期生として入学します。ここで、ドラマでバディとなる一ノ瀬りんのモデルとなった大関和と出会ったのでした。