朝ドラ【風、薫る】“怖い。人が” りん(見上愛)の呟きが刺さる…明治のコレラと令和のコロナに共通する差別と恐怖 (3/9ページ)
激しい下痢と嘔吐を繰り返し脱水症状になり死に至ることで、「コロリ」と恐れられていたコレラ。過去を振り返ると、鎖国中でもコレラは日本に上陸しています。一部の例を挙げると、
▪️文政5年(1822)に下関経由で入ったコレラが大阪、京都まで感染拡大。患者・死亡者数は数十万人
▪️安政4年(1858)から3年間に渡って全国的に広がった「安政のコレラ」の犠牲者は、約30万人
▪️文久2年(1862)、くすぶっていたコレラが再び拡大し患者数は56万人
▪️明治10年(1877)神奈川、神戸、長崎で大流行
▪️明治12年(1879)には愛媛で発生したコレラが大流行、全国規模では明治期最大
『風、薫る』が始まった明治15年(1882)には、神奈川県で発生したコレラが関東から東北地方にかけて大流行しています。
その後も明治時代は何度もコレラの大流行を繰り返し、大正9年(1920)神戸で発生し流行したのを最後に、全国規模の流行は収束したのでした。(その後も1970年代後半に数度、2001年、2006年にも路上生活者の発病が見られています。
