2024年紅麹事案 研究解説「天然物に未知の物質があるのは当たり前である——そしてそれは簡単に同定できない——~ そしてそれがかつ毒性を持つなど、奇跡×奇跡」 (3/6ページ)
(2)ペニシリン——発見から純粋単離・同定まで10年以上
アレクサンダー・フレミングがペニシリウム属カビの抗菌活性を発見したのは1928年である。しかし、活性物質ペニシリンを純粋に単離し、化学構造を確認できたのは1940年代初頭のことであり、完全な構造決定はさらに後のことになる。
カビが産生する活性物質であっても、培地条件・菌株・ロットによって産生量や組成が異なる。何が有効成分で、何が夾雑物かを区別するだけでも、多大な分析的努力を要するのである。
(3)アフラトキシン・シトリニン——カビ毒の同定にも多年を要した
「カビ毒」として一般に知られるアフラトキシンは、1960年にイギリスで起きたターキー病事件(アスペルギルス属カビに汚染された落花生飼料による大量死)を契機に研究が本格化した。その化学構造が確定されたのは発見から数年後のことであり、多くの研究機関の協力を要した。
シトリニンもまた、カビが産生するポリケタイド系化合物であり、その発見・構造決定・毒性評価には数十年にわたる研究の積み重ねがある。シトリニンは紅麹菌(Monascus purpureus)も産生しうることが知られているが、産生条件や産生量は菌株・培養条件に大きく依存する。
これらの歴史が示すのは、「天然のカビが産生する物質を特定する」という作業が、いかに時間と専門性を要するものかということである。
4 行政判断が前提とすべきであった科学的認識
上記を踏まえると、2024年の紅麹事件における行政対応について、次の問いが生じる。
令和6年3月29日、厚生労働省はプベルル酸を「原因物質」として公表した。しかしその時点では、調査報告①・②が示すとおり、NIHSによる独立した分析は開始されておらず、有識者会議において化合物同定の専門家による議論もなされていなかった。
天然の発酵食品に未知物質が含まれることは科学的に通常の事態である。ある物質が「未知成分として検出された」という事実から「それが健康被害の原因である」と断定するためには、少なくとも以下の作業が必要である。