2024年紅麹事案 研究解説「天然物に未知の物質があるのは当たり前である——そしてそれは簡単に同定できない——~ そしてそれがかつ毒性を持つなど、奇跡×奇跡」 (4/6ページ)

バリュープレス



 ・化合物の完全同定(構造決定・異性体の排除を含む)
 ・独立した第三者機関による同定の検証
 ・当該物質と健康被害との因果関係の毒性学的評価
 ・他の候補物質の排除

 これらは、天然物科学の歴史が示す基本的なプロセスである。上述の歴史的事例——コンパクチン2年、ペニシリン10年以上、アフラトキシン数年——はいずれも、このプロセスを誠実に踏んだ結果として信頼性ある知識が確立されたことを示している。

 本件において、このプロセスが踏まれたか否かは、情報公開請求により入手した行政文書(衛研発第0306002号、大大保8562号等)が明確に示している。

5 当社への影響と本稿の立場

 当社(株式会社薫製倶楽部)は、225社が公表された企業のひとつである。当社使用ロット(37ロット)はいずれもプベルル酸不検出であったが、企業名が公表されたことにより、複数の取引先との関係に影響が生じた。

 本稿は、その被害を感情的に訴えることを目的としない。むしろ、科学的に不可能な前提に基づく行政判断がなされた場合、それが罪のない事業者に対してどのような帰結をもたらすかを、歴史的・科学的な文脈から冷静に記録することを目的としている。

 天然物の同定には時間がかかる。それは遠藤先生も、フレミングも、アフラトキシンの研究者も、みな経験したことである。「早急な断定」は、科学の歴史が繰り返し戒めてきたことでもある。

6 同定できることと、毒があることは、別の問題である

 本稿の締めくくりとして、今回の行政判断が抱える根本的な論理的問題を指摘しておきたい。

 「プベルル酸が原因物質である」という結論が成立するためには、二つの独立した命題がともに真でなければならない。

 第一に、「紅麹原料中にプベルル酸が存在する(同定できる)」という命題。
 第二に、「そのプベルル酸が、当該健康被害を引き起こすだけの毒性を持つ」という命題。

 前節までで述べたとおり、第一の命題——天然物からある物質を同定すること——だけでも、科学的には相当の時間と手続きを要する。
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