朝ドラ「風、薫る」語学を武器に幕末・明治を動かした男…実在人物・清水卯三郎(坂東彌十郎)の生涯 (3/6ページ)

Japaaan

特筆すべきは、アメリカ総領事ハリスの書記官ポートマンから英語を習ったことです。

当時は尊皇攘夷運動が勃興しつつあった時代です。西洋の学問を習い、外国人と関わることは過激な尊皇攘夷派に命を狙われる危険性さえありました。

それでも卯三郎は語学への探究を深め、やがてそれは時代の変わり目にも立ち会う機会を与えます。

文久3(1863)年、薩英戦争が勃発。生麦事件(薩摩藩士がイギリス人を殺傷した事件)の報復として起きた戦争でした。

この戦争は一藩のみならず、日本とイギリスとの関係を危うくするものです。当然、卯三郎は危機感を抱きます。

そこで卯三郎は、人脈を活かして活躍を見せました。

幕府の許可を得た卯三郎は、イギリス側の通訳として軍艦に乗船。和平に尽力しつつ、拘束されていた薩摩五代才助(友厚)や、親友の松木弘安を保護して、親戚や自宅に匿っています。

薩摩とイギリスの和平締結のために奔走し、のちの近代日本を支える人物たちの命を救った瞬間でした。

1人の商人が国際紛争の解決を実現した、という事実は、卯三郎のその後を決定づけていきます。

薩英戦争の様子の写真。和解のために卯三郎は奔走した。

日本人商人では唯一の参加!ナポレオン3世からは銀メダルを受賞する

やがて卯三郎は、日本の「商人の代表」として世界的なデビューを飾ります。

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