朝ドラ「風、薫る」語学を武器に幕末・明治を動かした男…実在人物・清水卯三郎(坂東彌十郎)の生涯 (6/6ページ)

Japaaan

日本の発展のために…内国勧業博覧会を実現させる

明治5(1872)年、卯三郎は明治政府に建白書を提出。日本において博覧会を開催して、西洋の文物を展示して日本国民を触発すべきだと述べました。

明治7(1874)年には、明六社の機関誌『明六雑誌』に「平仮名の説」を寄稿。説においては「漢字を減らし、わかりやすい文字で知識を国民に広める」という発想で書かれていました。

同年には『ものわりのはしご』を出版。同書はイギリスの化学の入門書を翻訳したものでした。

「ものわり」は化学のこと(卯三郎の造語)です。「はしご」は階梯を意味しており、入門書を意味します。

より西洋の学問に、わかりやすく、広く確実に触れる。卯三郎の強い意志が一連の行動からは汲み取れますね。

そしてとうとう、卯三郎の苦労が報われる日が訪れました。

明治10(1877)年8月、日本において第一回内国勧業博覧会が開催。当時最新式の西洋の器械が展示されました。卯三郎の願いが結実した瞬間です。

卯三郎の生涯は、特に日本の近代化に捧げられた、と言っても過言ではありません。

明治43(1910)年1月20日、卯三郎は世を去りました。享年82。

朝ドラ「風、薫る」においては清水卯三郎の「強い人も、弱い人も、みんなで社会」と言うセリフがあります。

日本や世界の歴史に偉大な実績を残した傑物。しかし驕ったところを見せず、むしろ弱者に対しても、その役割を与えるべく奔走した人物でした。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「朝ドラ「風、薫る」語学を武器に幕末・明治を動かした男…実在人物・清水卯三郎(坂東彌十郎)の生涯」のページです。デイリーニュースオンラインは、清水卯三郎風、薫る坂東彌十郎幕末明治時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る