映画『国宝』の舞台・上方歌舞伎とは?大阪松竹座存続の裏で問われる未来 (3/4ページ)

Japaaan

参考記事:【速報】5月閉館から一転 大阪松竹座が“形を変えて”存続する方針へ

折しも前日、この4月からはじまる、現・松竹座最後の歌舞伎興行「さよなら公演」の開幕に向けて、「大阪松竹座 御名残道頓堀お練り」と銘打って、出演俳優たちが道頓堀を人力車で巡った。

たくさんの人が出演俳優の道頓堀入りに歓声を上げたこの場で、十五代目片岡仁左衛門は「御名残公演というのは、お休み公演でございます。必ず道頓堀に小屋が建つと思います」と口にした。

この仁左衛門さんの言葉の背景には、すでに水面下で松竹座存続への動きが進んでいた、との報道も追って出ている。

参考記事:「大阪松竹座、2か月前の土壇場で閉館から一転して存続へ 片岡仁左衛門らが閉館反対を表明していた – スポーツ報知」

大阪府・大阪市、そして仁左衛門さんをはじめとする上方歌舞伎の俳優たちの熱意に、松竹が答えたかたちである。

もう一度、道頓堀が「芝居街」になるために

文字通り、上方歌舞伎は踏みとどまった。

しかし踏みとどまり続けるのも、中々にしんどい。徳俵に足がかかった状態から、巻き返しを図り、前進していかなくてはいけない。

そのためにも今一度、運営側には劇場・芝居小屋が「まちのかお」である、という認識に立ってほしい。

歌舞伎座もその面影を残しながらも、「歌舞伎座タワー」というかたちでビルを併設しているようなかたちになった。

松竹座と共に、戦後上方歌舞伎の拠点になっていた新歌舞伎座も、ビル形式へと様変わりした。明治座なども然り。

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