『豊臣兄弟!』朝倉義景(鶴見辰吾)は本当に愚将だったのか?上洛しなかった“意外に堅実”な理由 (1/6ページ)
かつて足利義昭(尾上右近)を迎え入れながら上洛せず、見限られてしまった朝倉義景(鶴見辰吾)。
京都からほど近い越前(福井県東部)を領し、その気になれば天下(畿内政治の主導権)を握れたかも知れないのに、そのお株は織田信長(小栗旬)に奪われてしまいました。
そして間もなく滅ぼされてしまったことから、愚将の烙印を押されてしまいがちです。
しかし義景は本当に愚将だったのでしょうか。そんな疑問を解消するため、今回は義景が上洛しなかった理由について紹介したいと思います。
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