『豊臣兄弟!』なぜ足利義昭(尾上右近)は信長を見殺しにしたのか?姉川で動けなかった“将軍”の限界[後編] (3/8ページ)
戦国時代、管領として絶大な権力を振るった細川政元。(龍安寺蔵)Wikipedia
室町幕府の政治機構は、中央と地方に分かれます。
中央には、将軍の補佐を行う管領が置かれ細川氏・斯波氏・畠山氏が交代で務め、これを三管領と称しました。さらに、その下には、行政機関である、政所・侍所・問注所などがあります。
政所は、将軍家の直轄領の管理・金銭関係の裁判。侍所は、京都の治安維持。問注所は、書類などを扱う事務機関です。この内、侍所は有事において軍事召集や軍事的指揮を司るため、その長官には赤松氏、一色氏、京極氏、山名氏を置き、これを四職と称しました。
一方、地方には守護や鎌倉府などが置かれました。足利将軍家が軍事行動における要として、ことあるごとに頼ったのが守護です。三管領や四職を務めたのも、いずれも有力な守護でした。
守護を簡単に言えば、「国ごとに置かれた将軍の代理人」となります。