幕末の倒幕運動は“偽金”で動いていた!諸藩が手を染めた犯罪級の資金調達の実像 (4/4ページ)

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万延二分金は名目こそ金貨でしたが、実際には金より銀の含有量が多い金メッキ銀貨で、偽造するのも簡単だったのです。

当時は欧米から大量のメキシコ銀が流入しており、これを原料に偽造が行われました。

偽二分金は銀や金を一定量含むため、価値がゼロになることはなく、市場では割引価格で流通していました。

幕府製の二分金は銀一六七グラムで交換されましたが、筑前藩の偽造品は一五四グラム、薩摩藩は一三四グラム、安芸藩は一一九グラムと、藩ごとに品質が異なりました。

土佐藩の偽造品はさらに価値が低かったとされています。

太平洋を望む坂本龍馬像

当時の「偽二分金番付」では、 ①筑前 ②加賀 ③佐土原 ④宇和島 ⑤薩摩 ⑥安芸 ⑦郡山 ⑧土佐 ⑨三原 という順位がつけられていました。

このように品質に差はあっても、偽金は市場で受け入れられ、幕末の経済を動かす一因となりました。

そしてその裏で、偽造貨幣は倒幕運動の影の財源となり、明治維新の原動力の一つになっていったのです。

幕末の討幕運動の原動力と聞くと、「思想」「大名のバックアップ」くらいしか思いつきませんが、現実的に考えても政権転覆のためには「資金」が必要ですね。

その資金確保のために、諸藩はなんと犯罪組織さながらの贋金製造を行っており、それが歴史を大きく動かす結果になったのです。

参考資料:
大村大次郎『脱税の日本史』宝島社、2024年
画像:Wikipedia,PhotoAC

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