あの「豊臣秀吉は猿に似ていた」エピソードは創作!?伝説の裏に秘められた“ステルス神格化”とは (1/4ページ)
ハゲネズミか乞食か
豊臣秀吉が猿に似ていたという話はよく知られていますが、実は、歴史史料の中に、彼の外見が猿に似ていたと断言できる記述はありません。
辛うじて、宣教師のゲレイロが「動きの速さ」について記述しているものの、顔つきについては特に触れていません。
つまり、「豊臣秀吉は猿に似ていた」というエピソードは、後世の作り話である可能性が高いのです。
かと言って、では彼がイケメンだったかというとそうでもなさそうです。織田信長は秀吉のことをハゲネズミ呼ばわりしていますし、安国寺恵瓊も「乞食をも仕り候」と記しています。
ここから引き出せるイメージとしては、若い頃の秀吉は痩せた体つきで、髪も薄かったのではないかということです。おそらく貧しさゆえに貧相な外見だったのではないでしょうか。
猿というよりも、野生の小動物のような姿が周囲の印象に残ったのでしょう。
縁起のいい動物猿だのハゲネズミだのという呼び名の話だけなら笑い話で済みます。
しかし、ではなぜ「豊臣秀吉は猿と似ていた」というイメージがこれほど根強く残っているのでしょうか。その疑問は残ります。
ここで重要なのが、当時は猿というのは極めて縁起のいい動物だったということです。