『豊臣兄弟!』初登場した信長の息子たちに待つ過酷な運命…史実で見る織田信忠・信孝の早すぎた最期 (5/9ページ)
信長の三男・織田信忠(小関裕太)NHK『豊臣兄弟!』公式「X」より
嫡男として期待された織田信忠信忠は信長の嫡男であり、将来の後継者として大きな期待を寄せられていた人物です。
弘治3年(1557)に尾張国清州城で生まれました。『寛政重修諸家譜』では生駒吉乃が実母とされてきましたが、近年ではほかの説も登場しています。
▪️幼名『奇妙丸』のなぞ信忠といえば、幼少期の『奇妙丸』という風変わりな名前を付けられたエピソードも知られています。「生まれたときに奇妙な顔をしていたので信長がそう名付けた」という説が一般的です。
けれども、当時「奇妙」という言葉には「ほかよりも優れている」という意味があるという説、当時の風習で「魔除け」のために変な名前を付けたという説もあります。確かに、昔の信忠の肖像画を見ても、シュッとした面差しで「奇妙な顔説」はちょっと疑問に感じてしまいます。
いずれにしても、信忠は「家督継承者」として非常に大切にされて育ち、信長にしたがって各地を転戦、天正3年(1575)に家督を譲られました。
▪️美濃・尾張の2ヵ国を支配信長が安土城に移ってからは信忠は岐阜城主となり、美濃・尾張の2ヵ国を支配。以後の信忠は、総大将として出陣する機会は増えていきました。