朝ドラ「風、薫る」看病婦と看護婦見習いが助け合う日は来るのか…明治時代の看護の過酷な現実 (7/9ページ)
ちなみに、明治23年〜30年ごろの女性の給料は……
・工場でのマッチの箱張り:1日600個張って4銭
・工場での紙巻きたばこ作り:1日500本巻いて4銭
・仕立ての内職:単物(ひとえ)7~9銭・袷(あわせ)8~10銭・木綿綿入れ10~14銭
上と違って、人手不足で給金高騰していたのが
・子守:1ヶ月1円
・小間使い:1.2〜1.5円
・飯炊き女:1.5〜3.0円
これらの給料と比べると、看病婦の給料は安いとはいっても、1ヶ月3円だったので、まだ高いほうなのでしょうか。
看病婦にしても、看護を学んだトレインドナースにしても病人や怪我人の命を預かる大切な仕事。それに対する金銭的な評価の低さは、いかにこの時代「看護」に対する認識が低かったかを物語っています。
さらに、明治に入っても国民の意識はまだ封建社会のまま。明治政府が『良妻賢母教育』を推し進めたので、男性優先の考えが女性が職業をもつことへの偏見につながり、女性の仕事に対する金銭的な評価の低さを招いたといわれています。
原案の伝記の中で、看護師見習いの広瀬梅(工藤トメ(原嶋凛)のモデル)が、「ほんとにこの世は、男性にばかり都合ようできとる」とため息混じりにいう場面があるのですが、本当にそうだなと実感。
さらに、大関和と井上和が病院で、
「看護婦という職業が広く必要とされれば、女性たちの自立の手助けになる」
「最初のトレインドナースとなる私たちの頑張り次第」
ということを話し合いつつ、それぞれ背中を向けて外科と内科というお互いの持ち場に戻っていく場面があるのですが、かっこよくてしびれます。
そのプロセスはこれからドラマではどう描かれていくのでしょうか。