国立劇場の不在は喪失か、それとも好機か?閉場で見えた“古典芸能”の新たな可能性と未来 (1/4ページ)
当たり前のようにそこにあった場所が、突然なくなる。
それは、ただ建物が使えなくなるという話ではありません。そこに通う人、舞台に立つ人、いつかその場所を目指してきた人にとって、記憶や目標の一部が宙に浮く出来事でもあります。
日本の古典芸能を支えてきた国立劇場は、老朽化に伴う建て替えのため閉場しました。
しかし、資材高騰などの影響で再整備計画は難航し、完成予定は大きく先送りされています。では、この不在は、ただの喪失なのでしょうか。
想像していた未来と違う現実に直面した時、何を思い、どう動くのか。その判断が、新たな未来を切り開くことがあります。
国立劇場が直面しているのは、まさにその問いなのです。
直面した現実今年、設立から60年を迎え、様々な日本の古典芸能を発信する場所として、確固たる地位を築いてきた国立劇場。劇場公演だけでなく、「東日本大震災追悼式」をはじめ、様々な国家的行事の開催にも活用されてきました。
令和5(2023)年、深刻な老朽化への対応として、一旦閉場して、建て替えが行われることになりました。
一時的に、戦後日本の古典芸能の「殿堂」がその鼓動を止めることになるのですが、それでも、しばしの辛抱と己に言い聞かせて、その再開を心待ちにしていた演者や観客も多かったに違いありません。
しかし、事は急転します。
