『豊臣兄弟!』上月城の全員自害、史実は?別所長治はなぜ謀叛?饅頭こわい村重…第22回放送を考察 (3/8ページ)
決起挙兵した別所主従。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
これまでずっと従順だったのに、突如として反旗を翻した別所長治(下川恭平)。叔父であり後見人である別所賀相(田中美央)にそそのかされ、もう一人の叔父にして後見人の別所重棟(忍成修吾)には見限られてしまいました。
なぜ別所長治は織田と羽柴に反旗を翻したのでしょうか。その理由は諸説ありますが、恐らく諸要素が絡み合った結果と考えられます。
中でも決定的な引き金となったのが、秀吉の横暴な態度に怒りを覚えたからではないでしょうか。
時は天正5年(1577年)12月、播磨を「平定」した秀吉は別所重棟の娘(長治から見て従妹)を、小寺官兵衛孝高(倉悠貴)の息子である松寿丸(後の黒田長政)へ嫁入りさせようとしていました。
当時の婚姻関係は、上意すなわち格上の者が指図することが一般的です。つまり秀吉は別所家を自身と対等の織田家臣とは見ておらず、小寺家と同格≒秀吉の家臣扱いしているも同然でした。
守護大名・赤松氏の流れをくむ名門・別所家が、秀吉などの下風には立てません。
