朝ドラ「風、薫る」ペスト感染の最前線で命懸けの活動!木村文平(前野朋哉)の実在モデルとされる青山胤通の生涯 (4/6ページ)

Japaaan

当時の日本において、ドイツ医学は大きな影響力を持っていました。医学用語、教育制度、病院運営の方法まで、明治政府はドイツ式の近代医学から多くを学ぼうとしていたのです。

ドイツの医師であるルドルフ・ルートヴィヒ・カール・フィルヒョウ。胤通が師事した。

ペスト流行!その時胤通は最前へ…

やがて胤通は、日本の医学界を先導する一人となります。

明治20(1887)年、青山胤通は日本へ帰国。青山は東京帝国大学医科大学(東京大学医学部)の教授に就任しました。

この点が、朝ドラ「風、薫る」の木村文平と重なるところです。木村文平は作中で内科教授として登場し、ヒロイン・一ノ瀬りん大家直美と関わりますね。

実際に彼女たちのモデルである大関和鈴木雅が実習したであろう時代、胤通は内科教授として彼女たちと関わっていた可能性が高いのです。

やがて胤通の名は、単なる大学教授にとどまらず、「青山内科」と呼ばれるほど大きな存在感を持つようになります。

明治24(1891)年に医学博士号を取得。研究者としての名声も高めていきます。

明治30(1897)年に東京帝大医科大学附属病院長に就任。明治34(1901)年には学長へ就任して組織の運営に当たりました。

当時の日本において、医科大学の教授は、単に教壇に立つだけの人物ではありません。

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