『豊臣兄弟!』ズタズタに引き裂かれたプライド…秀吉(池松壮亮)が犯した失敗と「播磨大誤算」の原因 (6/9ページ)

Japaaan

別所長治像。(Wikipedia)

そこで賀相に一枚の書面が渡される。そこには宿原城・衣笠城・毘沙門城など12の城の名が書かれていた。「これらの城は我らにとって守りの要でございます。これらを打ち壊せと申されるのか」と言う賀相に、秀吉は「案ずることはござらん。播磨が一つになればこれらの城は無用になりまする」と答えるのである。

このような城の打ち壊しを「城割」「破城」といった。そもそも城というものは「戦争のために臨時的に構えるもの」であったため、城郭が築き始められた平安から鎌倉時代は、戦争が終われば役目を終えた城は壊される、という考え方があった。

しかしその後、城そのものが支配者クラスの象徴的な建築物になると、統治拠点として維持する考え方が広まり、城を壊すという発想は次第に薄れていった。

だが戦国時代になると、攻撃側が敵の城を落とした後に破却する「城割」が頻繁に行われるようになる。つまり、勝者がその地域の支配を安定させるためには、城は壊したほうが統治しやすいからだ。

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