鎌倉武士は“脱税集団”だった?源頼朝が見抜いた朝廷支配のほころび〜鎌倉幕府の誕生 (2/6ページ)
このサバイバル環境こそが、豪族が武家へと発展した真の理由でした。
平氏や源氏といった軍事貴族は、こうした地方の武士団を統率し、内乱鎮圧を通じて勢力を伸ばしていったわけです。
つまり、彼らはもともと中央政府つまり京都の支配から逃れようともがいていた人々でした。脱税によって富を蓄えて武装化し独立を狙う、いわば脱税集団だったのです。
脱税の合法化
さて、上述のような軍事貴族の中で、源氏よりも先に天下を取ったのげ平家です。有名な平清盛は、武家を朝廷の枠内に組み込み、土地の支配権はあくまで朝廷にあるという姿勢を崩しませんでした。
しかし、伊豆での流人生活を終えて立ち上がった源頼朝は、清盛とは全く逆の方針を取ります。
頼朝は東国武士たちに対し、彼らがこれまで行ってきた脱税行為を、正式な権利として保証することを約束したのです。