鎌倉武士は“脱税集団”だった?源頼朝が見抜いた朝廷支配のほころび〜鎌倉幕府の誕生 (4/6ページ)
『天子摂関御影』より「後白河院」藤原為信 画(Wikipediaより)
その背景には、平氏への強い警戒心がありました。
上皇はかつて平清盛に幽閉された過去があり、これ以上平氏をのさばらせてはならないという一心で、頼朝への譲歩を重ねたのです。
一方の頼朝は、上皇のこうした焦りや弱みを最大限に利用し、朝廷の権限を一枚ずつ剥ぎ取るように武家へと移し替えていったのです。
『天子摂関御影』より「後白河院」藤原為信 画(Wikipediaより)
その背景には、平氏への強い警戒心がありました。
上皇はかつて平清盛に幽閉された過去があり、これ以上平氏をのさばらせてはならないという一心で、頼朝への譲歩を重ねたのです。
一方の頼朝は、上皇のこうした焦りや弱みを最大限に利用し、朝廷の権限を一枚ずつ剥ぎ取るように武家へと移し替えていったのです。