鎌倉武士は“脱税集団”だった?源頼朝が見抜いた朝廷支配のほころび〜鎌倉幕府の誕生 (5/6ページ)

Japaaan

源頼朝・北条政子像

こうして、もとは脱税によって独立化した在地領主の集団が、ついに武家政権の中核へと変貌を遂げました。

鎌倉武士は、決して単なる武力集団ではなく、国家の税制のほころびから生まれた時代の落とし子でした。源頼朝はそのほころびを見抜き、「中央の言いなりになりたくない」という武家の悲願を巧みに吸い上げたのです。

鎌倉幕府の誕生は、社会・権力・経済のそれぞれの構造の巨大な変化の結果だったといえるでしょう。

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