【豊臣兄弟!】本能寺の変1年前、織田信長が京都で見せつけたド派手すぎる軍事パレード『京都御馬揃え』とは? (5/8ページ)
謀反人の息子・織田信澄をファミリーとして評価
さて『京都御馬揃え』の順列はどのようなものだったのでしょうか。『信長公記』によると……
▪️一番〜四番手は、丹羽秀長秀・摂州衆(高山重友、中川清秀、池田元助ら)・若州衆(粟屋勝久、武田元明ら)・明智光秀など。
▪️次に織田一門(織田家の血筋に連なる人々)で、筆頭はすでに家督を継いでいた長男・織田信忠の80騎と美濃衆と尾張衆、次いで、次男・織田信雄の30騎と伊勢衆、信長の弟・織田信包(のぶかね)の10騎、三男・織田信孝の10騎、一門衆の五番目は信長の甥・織田信澄の10騎が努めました。
注目は織田信澄。謀反人の織田信勝(信長の弟)の嫡男です。信長の甥とはいっても謀反人の子なのに助命され、柴田勝家のもとで育てられました。
【豊臣兄弟!】裏切りか不幸な濡れ衣か?信長の甥・織田信澄(緒形敦)「本能寺の変」で迎える悲劇的な最期『京都御馬揃え』で五番手を務めるほど、若い頃から信長の信頼を得ていたそう。
