【豊臣兄弟!】本能寺の変1年前、織田信長が京都で見せつけたド派手すぎる軍事パレード『京都御馬揃え』とは? (2/8ページ)

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そして、近隣の抵抗勢力といえば、毛利家や武田家くらいとなり、信長天下統一は目前に迫っていました。

信長は、京の内裏東側に会場となる馬場を築きます。サイズについては諸説ありますが、縦・南北の長さは約436〜872 m、幅・東西は約109〜163mほどだったそうです。

そして、仮の宮殿を建て正親町天皇を招待し、近衛前久ら馬術に通じた公家は、パレードへの参加が許されたのでした。

畿内および近隣諸国の大名・小名・武将たち、丹羽長秀や柴田勝家をはじめ織田軍団の各軍が総動員。

皆、着飾って駿馬に乗って行進しました。『信長公記』によると、信長は、このとき明智光秀京における馬揃えの準備を命令したそうです。

指揮を取る織田信長(小栗旬)(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

守備よく務め信長に褒められた光秀

明智光秀は、『京都御馬揃え』の前にも、天正9年(1581)の正月に、安土城下で催された『左義長(さぎちょう)』という小正月に行われる火祭り行事の準備にあたっています。

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