【豊臣兄弟!】本能寺の変1年前、織田信長が京都で見せつけたド派手すぎる軍事パレード『京都御馬揃え』とは? (6/8ページ)
信長の趣味・相撲興行でも奉行を務めるなど活躍していたのですが……本能寺の変に巻き込まれ悲劇的な運命を迎えてしまいますが、またそれは別の話。
織田一門の後は、公家衆・旧幕臣衆・九番部隊・十番部隊・十一番部隊……と続きました。
ちなみに、この一大騎馬パレードは参加人数が多過ぎて書ききれないのですが、羽柴秀吉は戦況上の理由で中国地方から離れられず参加できませんでした。
秀吉は悔しがり、長谷川秀一に宛てた書状で、「せめて当日の内容や雰囲気だけでも知りたい」と書いていたそうです。
派手好きな秀吉、さぞかし参加したかったでしょう。
悲劇的な最期を迎える織田信澄( 緒形敦)(NHK 「豊臣兄弟!」公式「X」より)
武将らも華やかで豪華で派手な装いをスケールが大きい『京都御馬揃え』は、想像するだけで華やかな行列が眼に浮かぶようです。
皆の大トリを務めたのはもちろん、織田信長。数多の名馬を先行させ、自分は「大黒(おおぐろ)」という名馬に乗っていました。
派手好きの信長の衣装も、かなり派手なものだったようです。
梅の花を飾った冠を被り、紅梅模様と桐唐草紋様の着物、袖口に金糸の刺繍が施された着物、紅色の肩衣と袴、白熊(ヤクなどの毛)の腰蓑という装い。