『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察 (8/14ページ)

Japaaan

しかし同僚たる平手汎秀(ひらて ひろひで)を見殺しにしてほぼ無傷で帰ってきたことは許せない。

一、許して欲しければ、今すぐ敵を討ち滅ぼすか、どこでもいいから討死して面目を施すがいい。

一、それが出来ないなら武士などやめて出家し、高野山にでも行って命乞いをするがいい。

……とまぁこんな具合に信盛への恨みつらみが30年分、じっくりネチネチと責め上げられました。

しかし本当に30年間まったく何の働きもしなかったというなら、それをずっと放置していた信長の管理能力も、なかなかひどいものだったと言わざるを得ません。

ともあれ信長から折檻状を突きつけられた佐久間信盛は高野山へ移り、天正10年(1582年)1月16日に55歳で世を去ったのでした。

小一郎の娘・末は実在した!

小一郎と慶の娘を抱く半兵衛。末という名は、半兵衛がつけた設定なのだろうか。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。

さて、失意の舅を励まそうと、小一郎は守就を自邸に招いて楽しいひとときを共にします。第23回放送「さらば半兵衛」で誕生した孫娘の末(すえ)を抱きながら、喜びを感じていたことでしょう。

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