2027年大河『逆賊の幕臣』で北村一輝が演じる“マムシの耀蔵”とは?遠山の金さんも追いやった妖怪の生涯 (2/6ページ)

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また天保12年(1841年)には、庶民から人気の高かった南町奉行の矢部定謙(さだのり)を失脚に追い込んで、その後任に収まりました。

改易(かいえき。所領全没収)の上に幽閉された矢部は理不尽な仕打ちに断固抗議、絶食して非業の死を遂げたそうです。

人々は矢部の死を惜しみ、鳥居耀蔵を諷刺する狂歌を詠んだのでした。

町々で 惜しがる奉行 やめ(矢部)にして どこがとりえ(鳥居)の どこが良う(耀)蔵

【歌意】みんなに慕われた矢部様をクビにして、新たに奉行となった鳥居耀蔵のどこに取り柄があって、どこがよいというのだろうか。

一体鳥居耀蔵の、どこが取り柄でどこがよいのか。少なくとも、老中の水野忠邦(みずの ただくに)にとっては、使い勝手がよかったのでしょう。

天保の改革を実行した「三羽ガラス」

水野忠邦(画像:Wikipedia)

やがて水野が乗り出した天保の改革では、鳥居耀蔵・渋川敬直(しぶかわ ひろなお)・後藤光亨(ごとう みつみち)の「三羽ガラス」が主導して、庶民活動を徹底的に取り締まりました。

南町奉行となった鳥居耀蔵はまさに「マムシ」「妖怪」と呼ばれるにふさわしい陰湿さや執念深さを発揮したと言います。ちなみに妖怪とは鳥居「耀」蔵と、官職の「甲斐」守をとったものでした。

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