『豊臣兄弟!』「秀吉、お前だけは許さない!」本能寺の変で運命が暗転した信長三男・織田信孝の壮絶な最期 (2/8ページ)

Japaaan

26歳の若さで自刃した、織田信孝(Wikipedia)

この辞世に書かれた「筑前」とは豊臣秀吉のことで、「むくい」とは報い。すなわち、秀吉に対して非情な恨みを残して死んでいったことになります。

信孝は、この辞世を書いた直後に切腹。それも、腹をかき切って腸をつかみ出すと,床の間にかかっていた墨梅の掛け軸に投げつけたとされます。いわゆる、無念腹をきったのです。

その血痕は、いまなお掛け軸に残っていて、そこに描かれた梅の花は、不思議なことに四季折々に色を変えるとも言い伝えられています。

ちなみに、この血染めの掛け軸と自刃した際に使った短刀、そして自刃した部屋は非公開ながら、いまも大御堂寺に残されているそうです。

19回「過去からの刺客」で初登場

『豊臣兄弟!』第19回「過去からの刺客」の冒頭シーン、いつものように二人の小姓を引き連れた織田信長(演:小栗旬)がうやうやしく上座に登場。この時が、織田信孝の初登場でした。

そこに居並ぶのが、織田信忠、信孝、信澄(演:緒形敦)の一門衆を筆頭に、柴田勝家(演:山口馬木也)、佐久間信盛(演:菅原大吉)、丹羽長秀(演:池田鉄洋)などの織田家の宿老たち。もちろん、秀吉も秀長(演:仲野太賀)も控えていました。

ちなみに信澄とは、信長が謀殺した実弟の信勝の子で、勝家のもとで養育されていました。

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