朝ドラ『風、薫る』従兄の西郷隆盛と戦う運命に…実在した人物、大山巌(高嶋政宏)の激動の生涯 (2/7ページ)
薩摩藩士の家に生まれた西郷隆盛の従弟
天保13(1842)年10月10日、大山巌は、薩摩国鹿児島城下で薩摩藩士の大山彦八と競子の子として生を受けました。幼名は岩次郎、弥助と称します。
大山家は薩摩藩士の家でした。巌自身も、薩摩の郷中教育という藩士の子弟同士の繋がりの中で育ったようです。
従弟には、西郷吉之助(隆盛)がおり、すでに幼少期から人脈があったと思われます。
嘉永6(1853)年、浦賀沖にペリー率いる黒船艦隊が来航。日本では尊王攘夷運動がまきおこります。
若い巌は、藩の同志とともにこれに呼応。文久2(1862)年の寺田屋事件にも関わり、これに連座する形で謹慎を命じられています。
まだ新しい時代の行方が見えないなか、血気盛んな青年として動乱の空気を吸っていたのでしょう。
翌文久3(1863)年、巌は薩英戦争に参加。この戦いで、イギリス軍艦の新式大砲の威力を目の当たりにしました。
旧式軍備の限界を悟った巌は、戦後に藩命を受けて江戸に出府。江川太郎左衛門の流れを組む江川塾で西洋砲術を学び始めます。
近代砲術を学んだ巌は、これを契機として軍人として頭角を表すこととなるのです。