朝ドラ『風、薫る』従兄の西郷隆盛と戦う運命に…実在した人物、大山巌(高嶋政宏)の激動の生涯 (4/7ページ)
新島八重。会津戦争の際に巌を狙撃して重傷を追わせたと伝わる。
西南戦争勃発!別れと出会いの先に、巌が見たものは?やがて巌の人生に大きな試練が訪れます。
明治10(1877)年、西南戦争が起こりました。政府に不満を抱いた士族たちが、西郷隆盛を中心に挙兵した戦いです。
このとき巌は、政府軍の別働第一旅団司令長官として出征。 西郷やそれに従う旧藩士たちは、巌にとって近しい人々でした。
この戦争は、大山にとって単なる軍事作戦ではありませんでした。
新政府の軍人としての責任と、薩摩に生まれた者としての情。その二つの間で、大山は厳しい立場に立たされたのです。
結局、西南戦争は西郷の自決によって終結。巌は近代軍人として苦い経験をすることとなったのです。
明治13(1880)年、巌は陸軍卿を拝命。やがて参謀本部次長、陸軍大臣などを歴任し、明治陸軍の中枢に立つ人物となります。
明治18(1885)年に内閣制度が始まると、巌は第1次伊藤博文内閣以降、複数の内閣で陸軍大臣を務めました。
また、朝ドラ「風、薫る」との関係で重要なのが、大山捨松との結婚です。
捨松は会津藩家老の家に生まれ、日本初期の女子留学生の一人としてアメリカに学びました。帰国後、当時の陸軍卿だった巌と結婚し、鹿鳴館の華とも呼ばれる存在になります。
薩摩出身の大山と、会津出身の捨松。戊辰戦争で敵味方となった土地の出身者同士が夫婦となったことは、明治という時代の不思議なめぐり合わせを感じさせます。