『豊臣兄弟!』光秀の心は“あの時”から壊れていた…呪縛を解かれた信長「ぜひもなし」は豊臣兄弟へのアンサー (2/9ページ)

Japaaan

第16回『覚悟の比叡山』。「織田家の毒となれ」と大切な公方様こと足利義昭(尾上右近)に命じられた光秀。

信長の公方様への疑いを晴らすために、比叡山延暦寺にて、小屋に隠れていた何の罪もないたくさんの女・子供たちを殺しました。

凄惨な殺戮の現場に呆然と立つ光秀。信長の命令にしたがっただけなのに、この非道な行いを公方様になじられ、光秀はやりきれない思いで伏していました。

このとき心に芽生えた“影”は、その後さまざまな出来事によってその色を濃くしていったのです。

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今回描かれた、かの有名な徳川家康(松下洸平)の『安土饗応』で、鯛に毒が入っていたことがわかり「犯人の心当たりがあるだろう」と、光秀は、信長に叩かれる・蹴飛ばされる激しい虐待を受けました。

毒を入れた犯人は信澄。もう謀叛の心を隠そうともしないようです。光秀は、信澄を庇った時点で反旗を翻したのも同然でしょう。

実際は、『兼見卿記』『信長公記』の記述によると、天正10年(1582)5月、家康の響宴を行い、光秀が響宴役に任命されるもその後外された…という記録はあるようですが、理由や毒の件などは不明です。

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