【豊臣兄弟!】本能寺で信長に一番槍!森蘭丸を討ち取った武将・安田作兵衛の壮絶な生涯 (1/6ページ)

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【豊臣兄弟!】本能寺で信長に一番槍!森蘭丸を討ち取った武将・安田作兵衛の壮絶な生涯

本能寺の変(天正10・1582年6月2日)で織田信長に一番槍をつけ、小姓の森蘭丸(森乱)を倒したことで知られる安田作兵衛(やすだ さくべゑ)こと安田国継(くにつぐ)とは、どんな人物だったのでしょうか。

今回は作兵衛の生涯をたどってみたいと思います。

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落合芳幾「太平記英勇傳 安田作兵衛国次」

『美濃国諸家系譜』によると、作兵衛は天文13年(1541年)に美濃国安田村(岐阜県海津市)で誕生しました。

父親は山岸勘ヶ由左衛門貞秀(やまぎし かげゆざゑもんさだひで)、母親は寺沢広正女(てらざわ ひろまさ娘)。

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