『豊臣兄弟!』与一郎の退場は近い?信長の首級はどこへ?信澄の謀反は本当?7つの史実で第28回を読み解く (2/9ページ)

Japaaan

そのため巷には信長の生存説がささやかれ、もし信長が生きていた場合のリスクを考えると、周辺勢力もうっかり光秀には与し得なかったことでしょう。

信長は薩摩(鹿児島県)まで逃げたとか、あるいは「面白き世」を夢見て南蛮(ヨーロッパ方面)へと旅立ったとか、そんなロマンあふれる俗説が出回っています。

が、実際のところは遺体の焼損が激しく、本人と識別できなかったのでしょう。

現代でも焼死体の身元が判別できないことはよくありますし、DNA鑑定など出来ない時代ですから、信長の首級は本能寺ですっかり焼けてしまったものと考えられます。

家康の伊賀越えスタート!

実際には大和路をメインに通ったらしい。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

本能寺の悲報に接した徳川家康(松下洸平)は、旅行先の堺から一路岡崎を目指しました。

劇中ではあえて「伊賀じゃ」と口外して津田宗及(マギー)を欺き、タヌキ親爺ぶりを発揮しています。

家康一行による堺から三河岡崎までの道のりを「伊賀越え(神君伊賀越え)」と言いますが、実際にはほとんど伊賀を通っていません。

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