『豊臣兄弟!』秀吉に溺愛されながら最後は家族と生き別れ…養女・豪姫の悲劇の生涯 (4/8ページ)

Japaaan

天下人となった豊臣秀吉。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

天下人となった秀吉は、北政所への手紙の中で「もし、豪が男であったら、関白にしたいものを」と書いています。
この言葉からも、秀吉が豪姫をどれほど愛していたのかがうかがえるでしょう。

幼馴染だった宇喜多秀家との結婚

1588年(天正16年)、豪姫は15歳で岡山城主の宇喜多秀家に嫁ぎます。

秀家は、備前に覇を唱えた宇喜多直家(緋田康人)の嫡男です。直家は中国方面の司令官であった秀吉とも深い関係にありました。

直家は1582年(天正10年)頃に病死したとされ、秀家はそれからまもなく秀吉の猶子に迎えられ、寧々のもとで豪姫とともに養育されました。つまり、豪姫と秀家は幼馴染の関係だったのです。

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