究極の自己犠牲!戦国時代の忠義「将替(しょうがわり)」とは?主君の身代わりとなり命を捧げた武士たち (3/5ページ)
諱(いみな)とは実名、昔は名を直接呼ぶことを忌みはばかられたことから忌み名転じて諱と呼ばれました。
大将に代わって諱を名乗り、敵に乗り込んでいくというのは、要するに大将の身代わりを買って出ることです。
その間に本物の大将は命からがら逃げ延びる……そんな極限状況を想定しているのでしょう。
……大将の命に代るの忠功……
※風山流軍学書『経権堤要』
畏れ多くも大将の諱を名乗り、命を捧げてお守りする。そんな自己犠牲の忠義を象徴する振る舞いこそ、この将替でした。
一時的に「将を替わる」から将替と言うのですね。
将替の事例〜南北朝以前〜
「弓矢の面目」とされた将替は、あちこちの合戦で行われてきました。
例えば『義経記』では佐藤忠信が源義経を逃がすために「我こそ義経なり」と名乗って敵を食い止め、また『太平記』では村上義光(よしてる)が大塔宮護良親王(おおとうのみや もりながしんのう)に代わって切腹した事例が伝えられています。
また同じ『太平記』では上山六郎左衛門が高師直の甲冑を着て身代わりとなる事例もありました。