究極の自己犠牲!戦国時代の忠義「将替(しょうがわり)」とは?主君の身代わりとなり命を捧げた武士たち (5/5ページ)
他にも天正11年(1583年)の賤ヶ岳合戦では、毛受勝照(めんじゅ かつてる)が金御幣の馬印を借り受けて、柴田勝家の身代わりに羽柴秀吉の軍勢へ斬り込みました。
そして天下分け目の関ヶ原合戦では、島津義弘の身代わりとして、島津豊久や阿多盛淳らが迫り来る十数万の東軍を食い止めて討死します。
彼らは主君の無事を願い、そして再起を果たす日を確信しながら戦場に散華したことでしょう。
終わりに今回は「将替」について、その意味や事例を紹介してきました。
一時かつ命と引き換えではあっても、大将を名乗れることは、武士として大変な名誉であったことでしょう。
これからも武士たちの精神にふれ、その生き様を紹介していきたいです。
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鈴木眞哉『戦国史の怪しい人たち 天下人から忍者まで』平凡社新書、2008年5月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

