【豊臣兄弟!】22歳で散った長宗我部元親の天才後継者・信親とは?武勇を奮った若武者の壮絶な最期 (4/5ページ)
果たして12月12日、先陣を切った仙石秀久の軍勢はたちまち敗走し、長宗我部勢3,000は新納大膳亮(にいろ だいぜんのすけ)率いる5,000の敵勢を食い止めます。
乱戦の中で元親とはぐれてしまった信親は、中津留川原に踏みとどまって奮戦しました。
「ここまで持ちこたえれば面目も保てましょう。どうかお退き下され」
家臣の桑名太朗左衛門(くわな たろうざゑもん)が退却するよう進言しますが、信親は聞き入れません。
「ならぬ。ここで討死すると決めたからには、最期まで戦ってこそ残る名もあろう」
『元親記』によると、信親は刃渡り4尺3寸(約130センチ)の大薙刀を奮って8人を斬り伏せました。さらに敵が群がると今度は太刀を抜き、6人を斬り捨てたと言います。
しかし衆寡敵せず、力尽きた信親は敵将の鈴木大膳(すずき だいぜん)に討ち取られてしまいました。
信親に従っていた700の軍勢も全滅し、文字通り玉砕したということです。
