『豊臣兄弟!』茶々=悪女はほぼ創作?秀吉が溺愛、豊臣家滅亡を背負わされた茶々(井上和)の壮絶すぎる生涯 (4/9ページ)

Japaaan

「実子ではない」理由としては……

・江戸時代に成立した軍記『浅井三代記』に、茶々の誕生に関する記述がないのでお市の連れ子の可能性

・次女に「初(はつ)」と名付けているので、茶々が長女ではない可能性

・浅井家の菩提寺・徳勝寺に茶々の位牌がない

などですが、根拠は薄いそう。

いずれにしても「茶々は長政の実子に非ず」と、直接記した同時代史料や信頼性の高い一次史料は存在しないそうです。

「豊臣兄弟!」のドラマ第12回『小谷城の再会』では、お市が赤ん坊の茶々を秀吉(池松壮亮)に渡し、秀吉が「かわいいのぉ」と目を細めてあやす衝撃的な場面がありました。

「これが後の世に豊臣家を創った者と、終わらせた者の出会いでございました」

という戦慄のナレーションがぴったり過ぎて、SNSでも話題になっていましたね。

このとき、赤ん坊の茶々が0歳だとしたら、天文6年(1537)生まれの秀吉は32歳。

この赤ちゃんを側室にするとは……そういう意味でも戦慄する場面でした。

赤子の茶々をあやす秀吉と小一郎。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)

「茶々はそんな弱虫ではありませぬ」

天正元年(1573)、織田信長軍勢による小谷城総攻撃の末、浅井長政は籠城の末、自害。

「『豊臣兄弟!』茶々=悪女はほぼ創作?秀吉が溺愛、豊臣家滅亡を背負わされた茶々(井上和)の壮絶すぎる生涯」のページです。デイリーニュースオンラインは、お市井上和浅井長政茶々戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る