『逃げ上手の若君』貴族の血を引く反逆者!悪党・瘴奸の実在モデル・平野将監の生涯【前編】 (2/5ページ)

Japaaan

近世の系図では将監の諱を「重吉」としており、父・但馬前司の諱を「重紀」としています。

入道という名前から、出家していたとうかがえますが、その時期については不明です。

将監の生家である平野氏は、摂津国住吉郡平野庄を本貫地とする武士の一族でした。

一説によると、清和源氏の初代棟梁・源経基(みなもとのつねもと)の次男・源満政を祖とするともいいます。

世が世であれば、源氏の名門として足利や新田と肩を並べる存在となり得た名門一族でした。

ここで将監とその父の官位と朝廷との関係について見てみましょう。

父・平野但馬前司の仮名から、彼の官職が対馬守(位階は従五位下相当)であったことがわかります。

五位以上は歴とした貴族であり、朝廷とも非常に深いつながりがあったことは確実です。

将監の仮名の由来は「近衛将監」の官位です。位階では従六位上相当であり、決して低くない身分であったことは確実です。

名門武家と朝廷との繋がりは、将監を争いの渦中へと誘っていきます。

清和源氏初代棟梁・源経基。彼の次男の末裔が平野氏とされる。

悪党の惣領格として西国に君臨!幕府の支配体制を揺るがしていく

将監が拠点とした平野という土地は、重要な土地でした。

位置しているのは、摂津・河内・和泉の境界に近く、天王寺や堺、大和方面へ通じる交通上の要衝です。

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