『豊臣兄弟!』もう誰にも従わない!家康の決断に視聴者胸アツ、小鳥事件に賛否ほか…第34回を考察 (6/12ページ)

Japaaan

🄫NHK

賤ヶ岳の戦いでは弟・織田信孝を粛清すべく秀吉と接近した信雄ですが、利用したつもりがすっかり秀吉に利用されてしまいました。

面白くない信雄は天正11年(1583年)7月ごろから「威加海内(いをかいだいにくわう)」という朱印を用いるようになります。

その意味するところは「俺の威厳を海内≒日本国中に行きわたらせる」というもので、亡き父・織田信長のカリスマを受け継ぎたい思いが表れていました。

が、実がともなっていなかったのは通説どおり。結局は家康に泣きつくことで、何とか秀吉との対決にこぎつける始末です。

果たして信雄の野望はどのような形で決着するのか、今後の展開に注目していきましょう。

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