【古代日本】仏教を広めたのは信仰の為だけじゃない!?蘇我馬子が勝ち取った「利権と覇権」 (4/5ページ)
それでも、仏教の受容が東アジア全体で進んでいたことは重要なポイントです。
当時の日本では、後世のように宗教についての知識が広く共有されていたわけではありませんでした。素朴な多神教が信じられる社会へ、新しい宗教であり学問でもある仏教が入ってきた段階だったのです。
だからこそ仏教は、単なる信仰ではなく、新しい文化や技術をもたらす仕組みとして受け止められたのです。渡来系氏族との関係が深かった蘇我氏にとっても、これは大きな強みだったでしょう。
そういえば現代でも、何十年か前には、総選挙でゼネコン(総合建設業者)が後援者についていれば有利だといわれた時期がありました。
古代と現代を同じものとして扱うことはできませんが、仕事を生み出す勢力に支持が集まりやすいという構図は今も昔も変わらないと言えるでしょう。
古代の廃仏論争を信仰の違いを理由とする争いだと解釈すると分かりやすいですが、しかし実際には政治、外交、仕事、そして豪族たちの利害が複雑に重なった結果でもあったのです。
新しい宗教を受け入れるか、それとも従来の秩序を守るか。そこには理念だけでなく、誰が政治の主導権を握り、誰に新しい仕事が生まれるのかという、極めて現実的な問題も含まれていたのでしょう。